慰霊の日に思う

2018年6月25日

 沖縄県民の4人に一人、12万人が殺された沖縄戦が終わってから73年目の慰霊の日を迎えた6月23日、糸満市摩文仁の平和記念公園で、県主催による追悼式が行われました。「沖縄全戦没者」追悼式は県内のあらゆる自治体、学校などでも慰霊式が開催されています。
 遺骨を残したまま強行する新基地建設
 私は新基地建設を断固阻止しようとする仲間たちと共に、辺野古ゲート前で慰霊式に参加し、沖縄戦で亡くなられた人々に祈りを捧げました。式が行われている目の前には、米海兵隊が「占領支配」するキャンプ・シュワブがあります。4月20日にノーベル平和賞委員会からノミネートされた遺骨収集ボランティア、ガマファー代表の具志堅隆松さんの報告によると、この米軍基地は戦争中、県民1000人以上を収容していた「大浦崎収容所」であったという。この収容所では十分な食料、医薬品があたえられていなかったためマラリア、餓死などで302人が殺されている(摩文仁の平和の礎に刻銘されている)。他にも100人以上の人びとが、辺野古弾薬庫の近くに埋葬されているという。この人々の遺骨が収拾されていないにもかかわらず、コンクリートで固められ新基地が建設されようとしていると報告がありました。人道に反する安倍政権の非道な政治による暴挙を許すわけにはいかない。
 沖縄においては、日本から分断された日である4月28日を屈辱の日として、米軍施政から脱したものの基地の重圧の下への復帰でしかなかった5月15日、そして日本軍の組織的戦闘が終結した6月23日は県民にとって忘れられない日となっています。あれから73年が経過した今日の沖縄の状況は、米軍による植民地支配と何ら変わるところがないどころか、相次ぐ米軍機の墜落、米軍人らによる殺人事件など、軍によって県民の命は脅かされ続けています。にもかかわらず、高江や辺野古で新基地建設を日本政府は強行しています。自衛隊も奄美島、沖縄本島、石垣島、宮古島などに戦争のための基地を建設しており、日米両軍による機能が一段と強化されています。
 私たちの今後の闘いは
 平和フォーラム沖縄事務所が名護市に開設してから1年と5か月になります。この間、高江、辺野古での座り込みの闘いに参加、山城博治沖縄平和運動センター議長らの即時釈放を求める闘いや裁判闘争、オール沖縄会議が主催した県民大会や県民会議の集会等に積極的に参加してきました。沖縄事務所の役割もまだまだ不充分かもしれません。私たちの任務は、①米軍による植民地支配から解放をめざして、すべての米軍基地を撤去させる。②米軍機の墜落等の事故で県民の命が奪われ、常に命が脅かされる現状から脱するために、日米地位協定を、県民の命を守ることを主眼とした協定に抜本的に改訂させること。③先島等での自衛隊の新基地建設をすすめる安倍政権の退陣を求める闘いの強化、➃平和学習を強化するために労働組合がもっと沖縄現地での闘いを重視すると同時に、沖縄県民の自己決定権の確立をもとめるたたかいにも連帯していくべきではないでしょうか。
 8月17日にも辺野古崎南側に土砂の投入を行うと防衛局は県に通告してきました。オール沖縄会議は8月11日に3万人規模の県民大会を開催、ゲート前での座り込みの強化に取り組むとしています。全国の仲間もみなさんも、積極的に沖縄の闘いに参加をお願いいたします。

沖縄だよりNo.61(PDF)

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